日常

2018/09/09

あなたは自分に自信はありますか?

 先日以前からお付き合いさせていただいている彼女の誕生日だったので、お祝いをする為ちょっと小洒落たレストランで食事をしていた。そこで溜息を吐きたくなる場面に出くわしてしまった。

 店内に多分大学生か社会人1,2年目くらいの合コンのグループが入ってきて近くの席に座ったのである。そして何を勘違いしたかメンズ陣の一部が店員さんに横柄な態度を取っていた。

 多分彼等的にはそれがカッコいいと思っているんだろう。その時点であ〜あ、このメンズ陣はモテないだろうなと思ってしまった。一言言わせてもらうと…。それすげぇダサいよ!

自信がある男は他人を見下さない

 そもそも自分に自信がある男は誰かに横柄な態度を取らない。他者を見下して自分を大きく見せる必要性がないからだ。そもそも店員さんに横柄な態度を取る行動自体が自信のなさの裏返しである。

モテるには自分に自信を持つ必要がある

 男は女性にイケメンだから、金持ちだから、それとも両方だからモテるのだろうか?勿論両方あれば可能性は上がるだろう。でもその両方があっても、自信がなければモテない。

 ルックスも金も副次的な要素であって、モテの主要な要素ではないのである。あくまで主要な要素は自信である。

 ではその自信はどう表現すれば、女子にうまく伝わるだろうか?偉そうな態度だろうか?答えは否である。

 例えば、ある人が他者から軽度の理不尽な事される場面を想像してみてほしい。その人がポーカーフェイス又は笑顔でその理不尽な事をした相手を流したらどう思うだろうか?僕は器の大きな人だと思う。

 また、自分ではなく自分の大切な人に同じことをされた時のみ、冷静に怒るような人がいたらその人も器が大きな人だと僕は思う。

 要は些細なことでは目くじらを立てず、大切なことにのみ怒れる人がモテるのである。自分に自信があるから、そう振る舞えるのである。

 上述の店員に横柄な態度を取っていたメンズは自分のプライドのみの為に怒る人種だろう。実に器の小さい。自分がそういう人種でない事を切に願いたい。

 あなたは自分に自信はありますか?

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2018/09/02

エリートなんて疲れるだけ

 先日取引先の同年代の方とお茶する機会があり、ちょっと世間話をしていた。その時に僕がその方に思うところがあった。

 と言うのも、その方は世間的に見たら僕の所属する会社よりランクがずっと上の会社で働いている、所謂エリートだ。勿論僕より年収も高いはずだ。にもかかわらず、全く幸せそうには見えなかったのである。と言うか激務すぎて、若しくは社内での競争が厳しすぎて、またはその両方で潰れそうなのでは?という印象だった。

 話を聞いてみたら、まぁ激務である。平日は早朝から夜遅くまで働き、時には土日も出勤し、休みはほとんど取れないという生活とのことだった。念のため書いておくと、その方は仕事ができる優秀なビジネスマンである。ゆるふわサラリーマンの僕なんかよりずっと優秀だろう。

 実は僕は学生時代、その取引先の採用面接を受けて、最終面接まで進んだんだけれど、結局落ちたという過去がある。今だから思うんだけれど、学生だった当時にその会社に受からなくて良かったなと心の中で思った次第である。

 僕も時には夜遅くまで残業することはあるし、休日出勤も時にはあるけれど、頻繁にはない。最近では、繁忙期以外は比較的休みは取れている。と言うか、そうしないとモチベーションが上がらないので空気を読まず休むようにしている。だって有給休暇ってサラリーマンをやっている唯一のメリットではないだろうか?そんな風に考えているからサラリーマンを卒業できないのかもしれないけれど。

若い時は良い、でも歳を取ったらその生活に堪えられない

 若かった学生時代の当時の僕は、社会人になったら毎日夜遅くまで働き、時には土日返上で働き、ガツガツ稼ぐ生活に憧れていた。バリバリ働いている自分の姿をイメージをしていた

 学生時代、金がなかった僕は、金を欲していた。金があれば今よりずっと幸せなんだろうと信じて疑わなかった。当時の僕はビジネスマン(サラリーマンとしてが正しいかもしれない)としての成功を理想としていた。

時間こそもっとも貴重な資産
 
 一方で、現在の僕は毎日夜遅くまで働いて、休みがあまりない、時間がない生活なんて微塵もうらやましいと思わない。と言うか、現在の僕は、極力労働時間を減らして金を稼げないものかと毎日考えているくらいである。

 僕は正直お金があれば週に5日も働きたくないと思っている。もっともニートのような生活はまだ良いかなとは思っているけれども。なぜなら僕のようなコミュ障があまりにも社会との接点がないと社会性を失ってしまうからである。気が向いたときに働くような生活が僕の理想とするライフスタイルである。

 多分取引先のその方が働いている会社には、エリートビジネスマンが大勢いることだろう。そこでは僕が働いている会社では考えられないような競争が日夜繰り広げられているんだろう。しかしながら、僕はそんなライフスタイルを微塵もうらやましいとは思わない。

 やっぱりサラリーマンを続けている限りは、大してお金の面でも時間の面でも裕福な生活なんて手に入らないんだろう。やっぱり僕はアーリーリタイヤしたいな。


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2018/08/26

仕事以外の生きがい、やりがいを見つけたら幸せ

サラリーマンの仕事に生きがいを見つけるなんて無理

 

そもそも論として、サラリーマンの仕事の多くにやりがいなんてない。少なくとも僕には感じられない。理由は自分がやらなくても他に幾らでもやる人がいるから、自分以外でもその仕事はできてしまうからである。これは一部の例外を除いてほとんど全ての人に当てはまるだろう。

悲しいけれど、サラリーマンの仕事なんてそんなものである。そして、サラリーマンとして身につけたスキル、経験の多くは他所に持って行くと全く使い物にならないのである。当然である。なぜなら我々サラリーマンがやる業務は、会社が持っているビジネスモデル、ビジネスフローのほんの一部だからである。

 また、サラリーマンは出世すればするほど部下の管理、監督や、社内やもっと階級が上の上司との調整により多くの時間を費やす事になる。僕はそれが絶対つまらないとハッキリと言い切れる。

だったら仕事以外で生きがいを見つけたらどうか?

 僕は旅行を趣味の1つとしている。旅行は非日常が味わえるから好きだ。今まで見た事がないものを見たり、食べたことがないものを食べたりと新しい発見の連続である。別に高級なホテルや宿に泊まる必要はない、ただ心身ともにリフレッシュできれば良いのである。そしてそれがクリエイティビティに繋がると思っている。

 また、僕は今年結婚する予定なんだけれど、家族との時間を大切にしたいと思っている。広い庭のある戸建てやタワマンに住んだり、高級車を乗ったりなどの贅沢をする必要はないし、全く興味もない。

 僕は奥さんとたわいない事でふざけあったり、一緒に出掛けたり、旅行したり、美味しいものを食べに行ったりできればそれで良い。別に他人に自分が持っているモノを見せつける必要はないのである。

 それに加えて、子どもができたら子の成長を見守るという新たな楽しみができて、もっと幸せだろう。子育ては大変だろうけれど。

 それ以外にも何か生きがい、やりがいを見つけられたらもっと幸せだろう。例えば仕事関係以外で友達を作って一緒に遊んだりとかね。社会に出てからできる友達は学生時代のそれとは違う。なぜなら完全に自分の意思で友達になるからだ。

 学生、特に中学校までは決められた村社会に放り込まれるから、出会う人、付き合う人を選べない。僕は学生時代、この点になんとも言えない違和感を持っていた。社会に出た後にできた友人は能動的にできるのだ。

 僕は現在サラリーマンである。正直今の仕事を生きがいに生きたいとは微塵も思わない。でも、たまに趣味の旅行に行けて、未来の奥さんとたわいない事で笑いあって、将来子どもができたら成長を見守り、自分の意思で能動的にできた友人とたまに遊んだりできれば、ささやかな幸せ感じながら生きられると思っている。そんな風に思うってことはもう若くないんだろうな。



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2018/07/01

年収が上がっても生活水準を一定に保つ

 僕の将来の夢は、アーリーリタイアして世界中を旅行することである。その為には金がいる。そしてとても大事な事だけれど、アーリーリタイア後も継続して収入源を確保する必要がある。貯金を取り崩しながら生活するのは精神衛生上良くないからである。

 僕が考える将来に収入源を確保する方法は、資産運用である。資産運用には種銭がいる。 種銭を確保するには月々の収支を必ずプラスにする必要があるのであるが、案外これが難しい。ついつい使いすぎたりしてしまうしね。自分への投資だとか言い訳を作って。

 さて、ここで月々の余った分を投資資金の種銭に充てるという考えは絶対に持ってはいけないと断言できる。何故ならそれは強い苦痛を伴うからだ。貯金と同じでこれは難しいのである。我慢が目に見えてしまうから。

 僕が考える月々の収支を常にプラスに保つ方法は、月々にいくら資産運用に充当するか予め決めてしまうである。最初から家賃などと同様に、生活費の固定費用としてカウントしてしまうのである。仮にそれ以外に余った金を全て使ってしまったとしても、収支は常にプラスになるという寸法である。

 加えて、定期昇給などの収入の増加に併せて、資産運用に充当する金額も徐々に増やすのが理想形である。徐々に種銭を増やすことでアーリーリタイアまで要する期間を短縮させる事ができるのである。

 また、上記を実践する事で、生活水準を一定に保つことができる。僕達はたとえ収入が上がっても、それに合わせて生活様式を変える必要はないのである。

 ところで、生活水準を一定に保つ事には、たとえ収入が下がったとしても精神的苦痛を軽減する事ができるという、副次的な効果があるのである。 年収500万の人、Aさんが年収300万の人と同じ生活をしていたとする。ある日突然、Aさんの年収が本当に300万まで下がってしまったとしてもいきなり生活が破綻することはないだろう。勿論実際にそれが起こったら悲しいだろうけれども。

 僕はアーリーリタイアするまでの過程でも、精神的苦痛を軽減し、幸福度の高い生活を送りたいと思っている。将来の為、という漠然とした目標の為だけに、高い収入だからという理由だけで仕事を続けるのは不幸である。(僕は高給取りではないけれど。)

 ところで、上記Aさんが今やっている仕事が嫌で嫌でしょうがなかったとしよう。Aさんは収入の割にかなり質素な生活をしているので、仕事を選択する際に、多少年収が下がることがわかっていたとしても躊躇なく決断できるだろう。だって生活水準は変わらないからである。

 もし僕達が転職を考えたり、フリーランスになりたいと考えたりした時、転職や独立の前後で、生活水準が一定に保つことができるのであれば、少ない苦痛で決断する事ができるだろう。上記のAさんのように生活水準をある程度セーブしているのであればそれは可能かもしれない。まぁ僕は旅行くらいしか趣味がないので普段の生活はかなり質素なほうなんだけれどね。この考えはアーリーリタイヤにもつながる考えだと思う。

 話がそれてしまったが、アーリーリタイヤ後には収入源が必要だから資産運用しておく必要がある。アーリーリタイヤ後は派手な生活はしないことになるだろうから(そもそも散財している人がアーリーリタイヤできるとは到底思えないけれど)、生活水準も馬鹿みたいに上げるのは避けた方が良いだろうってことで締めておく。

 





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2018/06/24

目標はサラリーマンをなるべく早く卒業すること

会社の飲み会に行くと毎度違った意味で奮い立たされる

 先日会社の飲み会に参加した。僕の中では9割は時間の無駄だ。金はかかるし、飲み会中の話題は仕事の愚痴、誰かの悪口、人事などの噂話に終始し、挙げ句の果てに説教されたりもする。金を出してなんでこんなくだらない事をしているのだろうと毎回思ってしまうのである。

 一方で1割はメリットがある。それは早くこんなくだらない世界を卒業したいと自分を奮い立たせることができることである。


オジサンはいつも好き勝手な事を言う

 僕は歳を取ってもあーはなりたくないと思う。飲み会中の目の前のオッサン達は、若い頃の苦労話を得意げに話し、お前達も頑張れと部下に言う。プライベートの話になると早く結婚しろ!と勝手な事をほざいている。そして酔いが回ると(会計の時間が近づくと)妻からの小遣いが少ないと愚痴り始める始末である。はっきり言ってすべてにおいて聞くだけ無駄である。

 そもそも今の時代、わからないことはほとんどGoogleで調べることができる。生きてきた期間の長さによる、知識量の差は過去のそれに比べたら限りなく減っているのではないだろうか?少なくとも僕にはそう思えてならない。歳を取るとそれがわからなくなるんだろうか?

 また、頑張れと言うけれど、仮にサラリーマンとして頑張ったとして、将来の自分の姿は今目の前にいるオッサンと同じような姿だろう?角がなくなり、自分では何も考えられなくなり、会社に管理されないと生きていけず、家に帰っても妻に財布を握られ管理されて生きるオッサン。そんなモノに僕は成り下がりたくないのである。僕は結婚しても妻に管理されるような生き方は御免である。

サラリーマン=現代の小間使い

 ところで、サラリーマンはどんなに出世してもずっと小間使いである。仕事ができる、できないはあっても、それは不変の事実である。もっとも仕事ができる、できないも「与えられた」仕事をいかに効率的に処理するかでサラリーマンは評価されるのであるが。

 また、サラリーマンは安定していると言われるけれど、本当だろうか?提供できるのは自分の労働力のみだ。その労働力も原則その会社のみで使える技能である。

 社会情勢や会社の方針が変われば、業務で身に着けた技能は無駄になる可能性がある。業務に必要ない技能は会社にとって当然不要なので、突然クビにされる可能性だって0ではないのである。

 法的にそんなことは無理?少子高齢化の日本で将来不要な社員を飼い続ける企業が果たしてどれくらいあるでしょうか?余裕のある大企業でもなかったら、無理でしょう?

 サラリーマンはどんなに出世しても小間使いである。小間使いをやり続けた後に待っている姿は、常に誰かに管理されなければ生きることができない情けないオジサンである。また、サラリーマンは必ずしも安定しているわけではない。

 それならば、サラリーマンをやる意味は?僕は、会社勤めは誰か、何かに依存しないで生きていく為の種銭を作る手段として捉えている。長くやり過ぎると、自分も情けないオジサンに成り下がってしまうので、なるべく早く卒業したいものである。



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