Opinion

2018/07/08

君がモテないのは外見や金のせいじゃない

 よく彼はイケメンだから、奴は金持ちだからモテる、俺はイケメンじゃないから、金持ちじゃないからモテないと愚痴っている男性を見かける。僕の意見ではこれは半分正解、半分不正解である。


イケメンは顔面偏差値が高いからモテるのではない。顔面偏差値が高いことから来る自信によってモテるのである。これ本当である。


大学生まですごくモテていたイケメンが、社会人になって以降、全くモテなくなる現象を多く見るのはその為だ。新しい環境に適応するのに精一杯で、自信を保てないからモテなくなり、それがさらに自信を削がれてしまうのである。まさに非モテスパイラルである。


逆にイケメンじゃなくても恋人が途切れない人も社会人になると見かけるようになる。彼らはイケメンじゃないが、金持ちだからモテるのだろうか? 上記の問いの答えは半分正解、半分不正解である。資産の多寡のみがモテにつながっているのではない。潤沢な資産が彼らに自信を与えて、結果的に彼らがモテるようになったのだ。


最も、イケメンでも、金持ちでもないけれど、モテている人が一定数いるわけなので、モテには外見も、資産の多寡ももしかしたら全く関係ないのかもしれない。


僕は現在31歳、もう少しで32歳のオッサンだ。僕は26から28歳の時に所謂モテ期を迎えた。自分で言うのもどうかと思うけど、同世代の中で結構モテていた方だと思う。僕は外見も年収も至って普通で、イケメンでも金持ちでもないが、なぜかその時期はモテた。


当時の僕は少々仕事にも慣れて余裕があった。また、こっちの方が重要だろうけれど、僕は超がつくほどマイペースな人間である(ノロマという意味ではない、僕はむしろせっかちである)。僕は社会に出ても大して染まらず、学生時代のゆるふわな一面を色濃く残している。今振り返ると、何物にも染まっていない、染められない僕は自信に満ち溢れている、と彼女たちに映ったのかもしれない。


そして僕は28歳から32歳間近の現在に至るまで、今の彼女と付き合っており、今年結婚する予定である。余談だがあと10歳、歳をとった後ならば大して珍しくはない歳の差だが、31歳現在の年齢にしては、所謂歳の差婚である。因みに歳の差婚にありがちなデキ婚ではない。


僕達男性陣はたとえイケメンじゃなくても、金持ちじゃなくても、自信があるように女性陣に見せなければならない。 ただし自信があるように見せるのに周りに横柄な態度をとってはいけない。社会人になってからそれをやると逆に自信のなさの裏返しだと認識されてしまうからである。(事実そうだろう。)


僕たちが女性陣に自信があるように見せるには、ただ素の状態を保持していれば良い。変にカッコつける必要はない、背伸びをし過ぎたモノを身に着ける必要もない。そもそも弱い人は、社会に出た後に自己を保ち続けることが出来ない。自己を保つことが出来た時点で弱い人間ではないのである。

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2018/06/10

継続のプロセスを考察する

強い目標(≠高い目標)を立てれば続けられる

 僕はあまり意志が強くない人間である。何かをやろうと思っても大体のことは三日坊主である。小さい時からそうで、大人になってもそれは変らなかったようである。一方で明確な目標があると不思議と継続できているのを発見した。

継続こそ力なり

 上記は誰でも聞いたことがある有名な諺である。僕はこの諺は概ね正しいと思っている。正しいことを正しい方法で続けているのならば、ある程度の結果をだせる。ただしそんなことはわかっているけれど、難しいのである。

 例えば筋トレがそうである。どんな人でも正しい方法でやり続ければ引き締まった身体、逞しい身体を手に入れることが出来る。ただ、このやり続けるのがとても難しいのである。僕もポッコリお腹をなんとかしたくて、筋トレを気が向いたときにやるようにはしているけれど、継続してやっているとは言い難い状況である。ポッコリお腹をなんとかしたいと思っているのは本当だけれど、多分強くは考えていないのだろう。

 一方、僕の先輩の一人に女性にモテたい一心で筋トレを継続的に行い、マッチョな身体を手に入れた人がいる。現在30代半ばになっているけれども今でも結構モテている様である。動機はどうであれ、継続して筋トレをやっている事に対して、素直にすごいなと思う。やはり継続は力なりと言うのは正しい様である。

 勉強だってそうである。学校の勉強なんて、学部レベルくらいまでは完全に詰め込み教育である。詰め込みという事は既に決まっている事象や判明している事案を取り上げて学ぶという事である。言葉を変えると、新しい発見や新しいものを創造する行為ではないのである。であるならば、継続して行えば「学校」の勉強に関しては、誰でもできるようになるということである。

 しかしながら、それは難しいのである。なぜなら、多くの人はそこに目標が見いだせないからである。僕も学生時代、テスト前に短期集中で勉強したけれど、継続して勉強していない。今思うと非常に勿体無いことをしていた様に思う。だって林修氏が言っていたけれど、勉強って贅沢だって意味が今だったら理解できるからね。

 どうやら、上記の諺は、資産運用においても正しい様である。僕は積立NISAを使って低コストのインデックスファンドを毎月積立買付しているんだけれど、資産残高が幸運にも徐々に増えてきている。毎年の年間利益率は平凡なんだけれど、金額が大きくなってきたことに伴い、また昨今の株高の波もあり、毎年積みあがっていく含み益の金額は僕のサラリーマンとしての月給を軽く上回るようになってきた。とても嬉しい限りである。

 積立投資は、数ある投資方法の中で一番簡単な方法だと言われている。しかし、挫折する人も一定数いる。にもかかわらず継続できているのは、僕にはいつかセミリタイヤしたいという強い目標があるからである。因みに僕は貯金が大の苦手だ。理由は貯金しても殖えないのを知っているからモチベーションが湧かないからである。

 上記を踏まえると、人は強い目的意識を持つと、たとえそれが多少の苦痛を伴うとしても、継続できるようである。おそらく世の中の成功している人は、強い目標→継続→継続することによって結果が出る→モチベーションが上がる→目標をより強く意識する→・・・・という工程を繰り返して成功を収めているのだろう。書いていて納得した。

とは言え、サウザー氏及びアナキン氏からVoicyにて、ご指摘いただいた通り、自分でビジネスモデルを構築しないと、自分の商品を持たないと、サラリーマンを卒業するのは難しそうである。したがって、積立投資は単なる貯金の一手段だと割り切り、ビジネスモデル構築、商品開発に注力する方が優先順位は高いんだろうな。お二人には厳しくも、ありがたいお言葉をいただいた事にお礼申し上げます。



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2018/06/03

人間関係≠利害関係

人間関係≠利害関係を理解しよう

 学生の時に一緒にいる人との付き合いと社会に出てからのそれは何が違うか? 前者は人間関係、後者は利害関係という点が異なっていると僕は考えている。まぁ全部がこれに当てはまるわけではないと思うけれども。

利害関係は利害がなくなれば終わらせることができる関係

 僕は多くの場合、後者の方が楽だと個人的に考えている。利害関係はお互いの利害がなくなれば関係を続ける必要がないからである。 仕事関係で付き合う人と、利害関係ではなく、人間関係を築こうと頑張ってしまうと、上手くいっていれば良いけれどそうでない場合は、とても辛いものになるだろう。絶対やめた方が良いと僕は思う。

 例えば、会社の同僚が風邪で体調を崩したとして、お見舞いにわざわざ行くだろうか?ほとんどの人は行かないだろう。これはそんなことをしても何の利益にもならないからである。一方、自分の大切な人が風邪で体調を崩したらどうだろうか?多くの人はお見舞いに行くのではないだろうか?たとえそれが何の利益を生まなかったとしても。

 また、もし取引先が倒産したとしよう。取引先が倒産したとして、あなたはそれ以降もそこで働いていた人と付き合おうとするだろうか? 僕だったら多少の同情はしても、付き合おうとは微塵も思わないだろう。とは言っても、日本人にあるあるのハッキリとあなたとはもう関係ないとは言わず、スーッとフェイドアウトする行動をとるだろうけれども。

人間関係は利益度外視

 一方で人間関係となるとそう簡単な話ではない。なんたって利益度外視で付き合うのである。親、兄弟、恋人、配偶者や子ども、親友以外と利益度外視で付き合えるだろうか?答えは否だろう。勿論、上記の人以外にも分け隔てなく平等に付き合う事ができる聖人君主もいるのだろう。が、それは少数派だろう。

 僕は大切な人に対してならば、たとえ自分の得にならなかったとしても良いと思うことができる。多くの人もそうだろう。だけれど、それ以外の人に対しては、そんなことは微塵も思わない。お金であればたとえ1円でも無駄になるとわかっていて使いたくないし、時間であればたとえ1分、1秒でも無駄になるとわかっていて使いたくないのである。だって自分の利益にならないのだから。

 僕は仕事関係で付き合う人は一人の例外なく利害関係のみで付き合うようにしている。飲み会は必要なもの以外欠席するし、彼らとプライベートでの付き合いは皆無である。そもそも会社の外で仕事関係の人の顔なんて見たい人がいるのだろうか?

 全部の飲み会を欠席しないのは、それをやると仕事がやりづらくなるから、それだけの理由である。個人的には、飲み会に参加しないことに対して、一々目くじらを立てる人なんて二流以下の人だと思っている。だけれど、みんながみんな一流の人ではないのである。サラリーマンとして働いていれば、そういう人とも上手く付き合わなければならないのである。だから必要経費としてたまに参加するのである。

 結論を言うと、僕達はもし息苦しさを感じずに快適に生きたいならば、人間関係と利害関係の違いを理解し、使い分けをしながら生きる必要があるという事である。ある人と利害関係のみで付き合うと決めたならば、自分なりの線引きを決めて、上手く付き合えば良い。人間関係を築くと決めたならば、全力でその人と付き合えば良いのである。



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2018/05/31

理想的なサラリーマンの働き方

サラリーマンの仕事は基本的に誰がやっても同じ結果になる。

 僕達サラリーマンがやる仕事の多くは、基本的に誰がやっても結果は同じになる。いや、むしろそうでなくてはいけないのである。サラリーマンなんて組織の歯車に過ぎないのである。あなたがいなくても職場が回る構造を作る事を目指して働くのが正しいやり方である。その方が休みも取れるしね。

また、サラリーマンの仕事の多くは創造的とは程遠いものが多いので、僕は日々の仕事はどんどんマニュアル化、ルーティン化するべきだと思っている。 勘違いしている人が多いけれど、我々サラリーマンの仕事の多くは、「誰か」じゃないとできないものではない。

 「誰か」じゃないとできない業務なんてほんの一握りで、普通にやれば業務内容はほとんどの人は理解できだろう。もしあなたの職場が「誰か」がいないと仕事が回らない職場だとしたら、かなり問題がある職場だと言えるだろう。

残業している人は偉い人ではない

 ところで、とても大事な事だけれど、サラリーマンにとって会社は成長するための場ではなく、自分の持つスキル、経験を駆使して他者に利益提供し、それに対する報酬を得る場である。若い人は成長する場だと勘違いしがちだけれど。

 だから残業して長時間労働するのが偉いんじゃなくて、ドンドン効率化して早く退社する人の方が本当は偉いのでる。だって短い時間で同じ成果を出したら、それを生産性が高いことを意味する。会社は残業代を出さなくてよいので、会社にとってもそれは大きな利益である。また、当の本人はプライベートが充実するで正にWIN‐WINの関係なのである。

 僕は業務をどんどんマニュアル化し効率性を高め、なるべく早く退社するのがサラリーマンの理想的な働き方だと思う。実際、アフターファイブを使って会社の外から刺激を受けたり、勉強したりして、会社に新しい何かを持ち込む方がクリエイティブに働けると思うのである。そして空いた時間で何か自分の商品を作ることが出来たら将来、サラリーマンを卒業することも見えてくるのではないだろうか?残念ながら僕はそれができてないけれど。 



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2018/05/27

他人の評価なんて無視

自分で見極める

 僕たちは物事を見る時、前評判によって勝手なイメージを作り踊らされがちだ。例えば、会社だと人事異動の際に新しく配属されてくる○○さんはこういう人という前情報、前評判どこかから入ってくる。そして僕達は勝手にその人の人物像を作ってしまうのである。売れ筋商品とかもこれの良い例だろう。

人の評価は所詮人の評価

 僕はあまり事前に入ってくる前情報、前評判は当てにならないと考えている。昨年異動で入ってきた僕の上司の前評判は、決して高いものではなかった。しかし実際一緒に仕事をして感じたのは決してそんなことはなく、寧ろ僕が持った感想はその逆だった。逆に3年前に一緒に仕事をさせていただいて、既に異動してしまった上司の前評判は物凄く高かったけれど、僕が抱いた感想は寧ろ逆だった。これくらいの人だったら履いて捨てるほどいるだろうな、と思ったのが僕の感想である。(自分の事を棚に上げて物を申して恐縮であるが。)

 別にこれは人の評価だけの話ではない。モノやサービスを含めたすべての事に対して言えることである。僕はサラリーマンをやっている傍ら、個人投資家としての顔も持っているんだけれど、世間で言われているおススメ銘柄、投資対象程当てにならないものはないと考えている。むしろ世間で脚光を浴びだしたら、もうその銘柄、投資対象は売り時、改めて投資する対象ではないと判断しているくらいである。

 3年前に一緒に仕事をさせていただいた上司の話に戻そう。その方の前評判はすごくよかった。顔はイケメン、仕事はスタイリッシュというのが彼の前評判であった。確かに顔はイケメンだった。しかし嫌な仕事、泥臭い仕事は何かと理由をつけて逃げ出し、見た目は良いけれど中身は空っぽな資料を作ったりする人で、決して仕事ができるとは僕は思えなかった。まぁ上司に上手く取り繕うのがサラリーマンとして身に着けるべきスキルならば、仕事ができるんだろう。(イケメンだったから僻んでるだけかもしれないけれど)。他人の評価なんて当てにならないことを知ることが出来たのが、彼と仕事をしたことで得た財産である。

 就職先とかもそうである。外からは働きやすい会社だと言われていても、実際入ってみたら陰湿ないじめがあったり、ドロドロした人間関係があったり、公表しているよりもずっと多くの時間外労働を強いられるなんて別に珍しくない。結局は自分で見極める必要があるのである。他人の評価なんてそんなものである。

 僕たちは物事を自分自身で見て、見極める必要がある。そうすれば今よりずっと物事をクリアに見ることが出来る。また同時に、「他人の評価なんてそんなものだ」と吹っ切れることが出来れば、自分の行動にも枷がなくなるのである。



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