ライフスタイル

2018/11/18

キャッシングポイントを増やす

僕はしがないサラリーマンだ。しかし、将来は組織に依存しない生き方ができればと思って生活している。それには何が必要だろうか?

その答えは簡単である。給与に依存しなくても生きていけるだけの経済力である。これさえあれば会社に依存する必要はない。当たり前の事だけれど、それが難しい。

実際、事業を所有し、そこからの事業所得、加えて自己の資産からインカムゲイン、キャピタルゲインで生活できるのならば、会社にしがみつく必要は皆無だ。極論を言えばニートになることも可能だろう。

僕は会社の帰りにサウザー氏がパーソナリティを務めているサウザーラジオを聴くのが日課になっている。

彼が言っていることはいつも同じだ。そして概ね正しい(彼は否定的だが、僕は投資、資産運用をアーリーリタイヤする前からある程度やっておくべきだと考えているけれど。)取り上げるお題が多様なのは流石だと思う。毎回ついつい聞き入ってしまう。

彼は毎晩サラリーマン辞めたいなら何か商品を持て、ビジネスを持てと説く。さすればニートになれると。彼の生活を聞いているとニートではないような気がしないでもないけれどね。

僕自身はニートになりたいとは思っていない。目指すのは週の4日くらい好きな事をやって残り3日働くような生活だ。週3日ならば楽しく働けるような気がするしね。

4日あればアメリカやヨーロッパなどの遠方への旅行は厳しいけれど、国内やアジア圏、ミクロネシアなどなら十分楽しめるだろう。僕はそんな生活が欲しいのだ。

残りの3日を仕事に使うのは、社会との接点をある程度確保して、一定水準以上の社会性を維持するためだ。金のために働くのではない。僕はコミュ障だから、一定水準以上のコミュ力を維持する努力をする必要があるのである。

サウザー氏が彼のラジオで仰っていた「芸人+α」のような生活が僕の目指すところだ。生活するための収入を自分の事業から稼ぎだし、残りの遊ぶ為の金を労働から得るような生活が僕の理想だ。遊ぶためにお金を稼ぐんだったら、モチベーションを維持しながら働けるだろう。

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2018/10/28

常勝なんて必要ない

 もしあなたが楽に生きたい、経済的独立を手に入れたいと思うならば、常に勝ちを取りに行く、常勝を目指すのをやめるべきだ。常勝を目指すと途端に人生がきつくなるからだ。

 例えば、サラリーマンをしていれば誰でも見たことがあるだろうけれど、同僚間で身につけているモノの高価さを競っている人がいるだろう。この競争に勝つ必要性は皆無である。

 何十万もする時計、高価な車、財布や鞄、スーツなど競い合うと間違いなく手元に現金が残らない。また残念ながら、人はそこまで誰かが身に着けているモノに興味はないのである。

 加えて残念なことがある。残念ながらそれらはキャッシュインフローをもたらさないのである。つまり、それらはただの負債なのである。

 クレジットカードで分割購入すれば金利を取られるし、モノが多くなりすぎれば場所も取る。車について言えば、持っているだけで「やれ保険料だ、駐車場代だ、ガソリン代だ、税金だ」と金が外に出ていく負債以外の何物でもないだろう。高価なモノも、そうでないモノと同じく、マイナスの資産になり得るのである。

 僕は、自分が身に着けるモノに対して、品質がある程度の水準で、デザインがそこそこ悪くなく、且つ値段が妥当ならば、ブランド品はいらないと考えている。

 車を僕は現在は持っていないけれど、買うとしたら中古車で購入金額を抑えて、かつ燃費の良い車を選ぶだろう。つまりコスパ重視である。僕は車に対して興味がないので、コスパに加えて、移動手段の用途を満たせれば何でも良いのである。

 また、サラリーマンをやっていると残業時間を競う人がいるけれど、そんな競争に勝つ必要性も皆無である。むしろ、そんなことで勝って喜んでいたら、自分は非効率に働いていると自ら吹聴している事になるだろう。

 時間は最も貴重な資源だ。時間を切り売りしている時点で、その人の人生は貧しい事になるだろう。仕事が趣味、生き甲斐ならば別だけれど。多くの人はそうではないだろう。

 勿論僕はプライドをすべて捨てて、負け続けろと言っているのではない。自分にとって本質的な利益にならない競争で、勝ちを狙いに行く必要はないと言っているのである。僕は楽に生きたいし、浮いたお金で他の人より早く引退したいと思う。


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2018/09/30

モノを減らすのではなくて選ぶ

 僕はシンプリストである。僕のライフスタイルは必要なモノや好きなモノを選んで所有し、それ以外は極力持たないようというものであるである。

僕が目指すのはミニマリストの方が仰っている必要最小限しか持たない生活ではない。好きなモノのみに囲まれる生活である。

 僕はシンプリストであり、ミニマリストではない。だから、僕はミニマリストの考え方にはあまり賛同できない。あれはただの病気だとすら思っている。この記事をミニマリストの人が見たら、怒られてしまうかもしれないけれど、それが僕の率直な意見だ。

 例えば、まともな人がテーブルの代わりにダンボール、茶碗の代わりにタッパーを使いたいと思うだろうか?段ボールはモノを入れて運ぶ道具で用事が済めばゴミであり、タッパーは保存用、若しくは軽いことから携帯用に使うための容器であり、日常的に皿として使うモノではない。

 上記のまともな人が~に対する答えは否であろう。そんな生活をしている人に聞きたい。その生活は本当に自分で望んでしているの?と。

 勿論ミニマリストの方を全否定したいわけではない。過剰に着飾るためのモノやいつ使うかわからないモノ、いつ着るかわからない服、何となく買ったモノはすべて不要だという彼らの考え方には僕は同意する。でも何事もホドホドにするのが肝要だろう。

 必要なものに加えて、なくても生きていけるけれど、あると幸せを感じることが出来るものに囲まれて生活する。それが本当の質の高い生活なのではないだろうか?

適度な無駄が幸せのカギである


 僕は旅行を趣味としている。国内海外問わず僕は旅行が好きだ。一人で行くのも、気の合う友人や彼女と行く旅行もすべて好きである。

 でも旅行をしなくても生きている。旅行に行ったからといって誰かを幸せにするわけではない。僕は幸せだけれど。

 それに昨今は地方でしか売っていなかったモノや海外のモノをネットで簡単に買うことができる。

 旅行は、ある人にとっては人生においての完璧無駄である。でも僕には必要な無駄なのである。旅行に行くことで新たな価値観を見つけたり、ひとり旅ならば自分と向き合う良い機会を得ることができるたり、と色々なメリットがあるのである。

 要は、自分は何が好きで、何が必要なのかを明確に線引きできれば、部屋の中がモノで溢れたりはしないのである。別に病的にモノを捨てる必要はないのである。


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2018/09/16

高い服を買うなら金融資産を買う

服に金なんてかけたくない

 僕は週末に着る服に、コート類を除いて1万円以上出さない。なぜなら1万円以上出さなくてもオシャレはできるからである。

 僕は服にそもそもそこまでの価値を見出していない。過剰に持てば場所も取られる。たとえ高いものでも一生使えるわけではない。服の値段が高いのと僕自身に似合うかは別の問題である。理由を挙げたらキリがない。

1着10000円のTシャツとか信じられない

 たまに10000円以上するTシャツを見かけるけれど、そんなもの買う人の気が知れない、と言うのが僕の考えだ。正直そんなものに喜んで金を出しているとしたら、その人は狂っているのではないかとすら思う。

 Tシャツの耐用年数はせいぜい数年だ。まぁ寝巻としてならずっと長く着られるかもしれないが。

 一方で、金融資産はどうか?それらは耐用年数などを特に気にする必要はない。勿論一過性のブームの中にある会社や投資商品はあるけれども。今はそういう会社の株の話ではない。

 僕が自己資金を投下している個別株やインデックスファンド、ETFはある程度の金額を保有していれば、それ自体が価値を生み出す。

 金持ち父さん貧乏父さんで有名なロバート・キヨサキ氏の定義だと、資産とは自分の富を増やすもの、負債とは自分の富を減らすものである。

 余談だけれど、僕が昨年買った婚約指輪の代金の一部は資産運用から生まれた利益が原資となっている。僕の資産自体が富を生んだ結果だと言えるだろう。

 話が飛ぶけれど、1年に10000円以上を自動的に生み出すような自己資産があれば、上記のTシャツは不労所得で買えるのである。それを望めばだけれど。

 事実、現在僕は資産運用から生まれた不労所得のみで10000円のTシャツを毎月買うことができる。多分月によっては5,6枚は買えるだろう。

 もっとも、そういう状況になった今も、僕は10000円以上するTシャツに興味は持てない。価値を見出せないからね。

 それに残念ながらファッションを極めてもモテないのである。一部の異性にはウケてもね。

 考えても見て欲しい。異性のファッショントレンドとかわかります?僕なんかメンズファッショントレンドすらイマイチわからないのにレディースなんて絶対無理である。

 上記の理由によって僕は服にそんなに金をかける気にはなれない。服の代金が経費で落とせて、節税できるとかだったら考えても良いかな?




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2018/07/15

学校の先生が言ってたことなんて気にする必要はない

 タイトルの通り学校の先生が言ってた価値観、人生観なんて全く聞き入れる必要はない。理由は彼らが学校という狭い世界しか知らない、歪な環境で生活している人種だからだ。


 考えても見て欲しい。彼らは学校という閉鎖社会しか経験していないのである。学校の先生になるには学校を卒業する必要がある。学校を卒業して、学校に就職する。同僚も同じような境遇の人が多数である。彼らの知っている世界は学校の世界だけなのである。


 彼らは多様性を良しとしない。イメージして欲しい。自分が属しているグループに変わり者、アウトライアーズがいたらそのチームのまとまりは悪くなるだろう。それは学校でのクラス運営においても同じなのである。そもそも狭い世界でしか生活したことがない人種に多様性なんて理解できないのである。


ところが、会社においてはその変わり者やアウトライアーズが結果的に利益を生むことがあるので、会社はそれを許容するだろう。実際に組織に変革をもたらすのはそういった人種である。だから彼らをクビにはしないし、過剰な同調圧力を(公には)かけない。もっとも、あまりにも仕事ができない、やらない場合は物凄く厳しい仕打ちを受けることになるけれど。


 一方、学校のクラスで問題がある生徒をクビにはできない。が、同調圧力をかけ、従わなければ村八分(無視)するよう、学校の先生が周りの生徒に仕向けることはあり得る。直接的な表現をせず、上手い具合に。子どもを誘導するのなんてかんたんでしょう?まぁ手がかかるからね。変わり者は。


 クラス運営においてみんな同じ(考え方が共産主義みたいで気持ち悪い)が彼ら教師のモットーである。 なぜなら管理が簡単だから。


そして、教師は教師の人間性を読み取ってしまう精神年齢が高い生徒は接するのに気を使うから嫌う。また、勉強があまりにもできる生徒も嫌う。なぜなら彼ら教師より勉強ができてしまうと、間違いを指摘されてしまう恐れがあるからである。


 また、狭い世界しか見てこなかった人は才能がある人をそもそも理解できない。そして理解できないから怖がる。彼ら教師は才能がある人も結果的に嫌うことになる。



そして、勉強があまりにできない生徒も個別に対応しなければいけない面倒があるので嫌う。あと団体行動ができない生徒も嫌うな。慣例的にある行事に積極的に参加しない生徒(僕みたいな)ってどこにでもいるじゃないですか?


 彼らの思考回路は共産主義そのものなので、良い意味でも悪い意味でもアウトライアーを嫌うのである。みんな同じが素晴らしいのである。


思いつく限り教師の悪口を書いてみたが、概ね当たっていると思う。何が言いたいかと言うと、学生生活のまさに延長の人生、本当にどうしようもなく狭い世界でしか生きてこなかった教師の薄っぺらな考察、批判なんて聞く価値も、気にする価値もない。もしあなたがそんな取るに足らない事で悩んでいるなら、馬鹿馬鹿しいからやめなさいって事である。そんな事に自分のリソースを割くくらいなら、自分の好きな事をやってた方が幸せですから。





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