2018年05月

2018/05/31

理想的なサラリーマンの働き方

サラリーマンの仕事は基本的に誰がやっても同じ結果になる。

 僕達サラリーマンがやる仕事の多くは、基本的に誰がやっても結果は同じになる。いや、むしろそうでなくてはいけないのである。サラリーマンなんて組織の歯車に過ぎないのである。あなたがいなくても職場が回る構造を作る事を目指して働くのが正しいやり方である。その方が休みも取れるしね。

また、サラリーマンの仕事の多くは創造的とは程遠いものが多いので、僕は日々の仕事はどんどんマニュアル化、ルーティン化するべきだと思っている。 勘違いしている人が多いけれど、我々サラリーマンの仕事の多くは、「誰か」じゃないとできないものではない。

 「誰か」じゃないとできない業務なんてほんの一握りで、普通にやれば業務内容はほとんどの人は理解できだろう。もしあなたの職場が「誰か」がいないと仕事が回らない職場だとしたら、かなり問題がある職場だと言えるだろう。

残業している人は偉い人ではない

 ところで、とても大事な事だけれど、サラリーマンにとって会社は成長するための場ではなく、自分の持つスキル、経験を駆使して他者に利益提供し、それに対する報酬を得る場である。若い人は成長する場だと勘違いしがちだけれど。

 だから残業して長時間労働するのが偉いんじゃなくて、ドンドン効率化して早く退社する人の方が本当は偉いのでる。だって短い時間で同じ成果を出したら、それを生産性が高いことを意味する。会社は残業代を出さなくてよいので、会社にとってもそれは大きな利益である。また、当の本人はプライベートが充実するで正にWIN‐WINの関係なのである。

 僕は業務をどんどんマニュアル化し効率性を高め、なるべく早く退社するのがサラリーマンの理想的な働き方だと思う。実際、アフターファイブを使って会社の外から刺激を受けたり、勉強したりして、会社に新しい何かを持ち込む方がクリエイティブに働けると思うのである。そして空いた時間で何か自分の商品を作ることが出来たら将来、サラリーマンを卒業することも見えてくるのではないだろうか?残念ながら僕はそれができてないけれど。 



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2018/05/27

他人の評価なんて無視

自分で見極める

 僕たちは物事を見る時、前評判によって勝手なイメージを作り踊らされがちだ。例えば、会社だと人事異動の際に新しく配属されてくる○○さんはこういう人という前情報、前評判どこかから入ってくる。そして僕達は勝手にその人の人物像を作ってしまうのである。売れ筋商品とかもこれの良い例だろう。

人の評価は所詮人の評価

 僕はあまり事前に入ってくる前情報、前評判は当てにならないと考えている。昨年異動で入ってきた僕の上司の前評判は、決して高いものではなかった。しかし実際一緒に仕事をして感じたのは決してそんなことはなく、寧ろ僕が持った感想はその逆だった。逆に3年前に一緒に仕事をさせていただいて、既に異動してしまった上司の前評判は物凄く高かったけれど、僕が抱いた感想は寧ろ逆だった。これくらいの人だったら履いて捨てるほどいるだろうな、と思ったのが僕の感想である。(自分の事を棚に上げて物を申して恐縮であるが。)

 別にこれは人の評価だけの話ではない。モノやサービスを含めたすべての事に対して言えることである。僕はサラリーマンをやっている傍ら、個人投資家としての顔も持っているんだけれど、世間で言われているおススメ銘柄、投資対象程当てにならないものはないと考えている。むしろ世間で脚光を浴びだしたら、もうその銘柄、投資対象は売り時、改めて投資する対象ではないと判断しているくらいである。

 3年前に一緒に仕事をさせていただいた上司の話に戻そう。その方の前評判はすごくよかった。顔はイケメン、仕事はスタイリッシュというのが彼の前評判であった。確かに顔はイケメンだった。しかし嫌な仕事、泥臭い仕事は何かと理由をつけて逃げ出し、見た目は良いけれど中身は空っぽな資料を作ったりする人で、決して仕事ができるとは僕は思えなかった。まぁ上司に上手く取り繕うのがサラリーマンとして身に着けるべきスキルならば、仕事ができるんだろう。(イケメンだったから僻んでるだけかもしれないけれど)。他人の評価なんて当てにならないことを知ることが出来たのが、彼と仕事をしたことで得た財産である。

 就職先とかもそうである。外からは働きやすい会社だと言われていても、実際入ってみたら陰湿ないじめがあったり、ドロドロした人間関係があったり、公表しているよりもずっと多くの時間外労働を強いられるなんて別に珍しくない。結局は自分で見極める必要があるのである。他人の評価なんてそんなものである。

 僕たちは物事を自分自身で見て、見極める必要がある。そうすれば今よりずっと物事をクリアに見ることが出来る。また同時に、「他人の評価なんてそんなものだ」と吹っ切れることが出来れば、自分の行動にも枷がなくなるのである。



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2018/05/20

自分で勝手にハードルを上げない

挫折するには理由がある

 僕たちは変化を恐れる。だから何か新しいことをやる時、初めて何かをする時、何かと理由をつけてそれらを回避しようとしがちである。それはなぜだろうか?挫折するのを本能的に知っているからである。つまり最初から実現できないと諦めているのである。でもそれだといつまでたっても成長できない。と言うか成長したと実感できない。

ハードルを上げすぎない

 例えば、今あなたは英語学習しようと考えているとしよう。あなたは自分には無理だと思うかもしれない。確かに今まで生きてきた中で英語にそれほど触れてこなかったのならば、中々難しい作業だろう。ネイティブの様に英語を使いこなしたいなど、理想が高ければ尚更である。しかし、目標を英語で外国人の方とコミュニケーションを取れるようになりたい、にしたらどうだろうか?僕の経験則だと簡単ではないけれど不可能な目標ではない。

 あなたは日本語を話す外国人と会話したことがあるだろうか?彼らの多くは我々が話すのと同じように日本語を話せるわけではない。しかし、意思疎通は取ることが出来るだろう。これは僕達にも言えることである。たとえ僕達が英語を完璧に話せなくてもコミュニケーションを取ることは可能なのである。

 他の例も書いてみよう。ダイエットをしたいと思っているとする。男性ならばアスリートのよう筋肉質は身体、女性ならばモデルのような細い身体を理想とするかもしれない。しかしながら、自分の体型がそれらとかけ離れているのならば、実現は不可能ではないけれど難しいだろう。そして我々の多く挫折する。もしくは挫折するのを知っているので初めから挑戦しないだろう。

 しかし、ここで目標を変えたらどうだろうか?例えば男はムキムキだはないけれど、ポッコリお腹ではない、健康的な身体、女性も、モデルのようなガリガリではなく程よく肉付きがあって健康的な身体(実はそっちの方がモテるという事実を多くの女性は知らないように見受けられる)と言った具合に変えてみるのである。これらは実現するのは不可能ではない。暴飲暴食をしない(特に炭水化物を)、適度に運動する事でそれらの体型を手に入れることが出来るだろう。

 この「ハードルを上げすぎない」は非常に大事な考え方である。「継続は力なり」という諺があるけれど、何か大きな事をやるには継続することが必須になる。いきなりハードルを上げすぎず、徐々にハードルをあげるのならば、実現可能な事も同時に徐々に増えていくことだろう。



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2018/05/13

お金にも働いてもらう

我々が置かれる将来はあまり明るくない

 周知の事実かもしれないが、日本に住んでいる僕たちが、これからの時代お金持ちになるには、それほど多くの方法はない。実際資産運用などで自分の資産自体に働いてもらって、資産自体に自己成長してもらうくらいしかないのである。だってこれから徐々に税率は上がっていくだろうし、ひとまず落ち着いたみたいだけれどけれど、社会保険料も再び上がる可能性が高いだろう。

税金高いとは言うけれど実は高いのは税金ではない

 そもそも論だけれど、一般の人にとっての税率はそれほど高くはない。所得税もその人の扶養親族の数とか、入っている保険だとかで一概には言えないけれど、世間で言われている平均的な給料収入の人だと概ね所得に対して5~10%の税率、住民税も一律10%である。これらの税率は社会保険料控除や基礎控除、所得控除後のパーセンテージだから収入全体で見たら実はもっと低いのである。

 一方で社会保険料は高いと言わざるを得ない。なんたって額面上の金額からそのままぶっこ抜かれるのである。それに加えて、実は交通費も社会保険料を計算するための所得額に加算されているのである。(これ個人的にかなりふざけていると思う。)正直所得税や住民税なんかよりよっぽど質が悪いのである。因みに税金の方では公共交通機関を使って通勤している人は月に10万まで非課税である。

資産運用の利益には社会保険料はかからない

 ところで、僕達サラリーマンがやる資産運用からの儲けには当然税金は課されるけれど、社会保険料には全く影響を与えないのである。であるから安心して儲けられるのである。もっとも継続して儲け続けるのはすごく難しんだけれどね。現行法だと所得税、住民税合わせて20.315%の分離課税である。

 僕が考える資産運用の方法は、世間ではビットコインをはじめとした暗号通貨がブームのようであるが、iDeCoと積立NISAを使ってインデックスファンドをひたすら積立投資する方法である。一番手間がかからないし、長期的に継続可能だと考えられるからである。

 僕は今後資産運用などの利益に対する税率が上がらないことを切に願いたいと思う。だってそこでも増税されたら、多くの人が財を築くことが不可能になってしまうだろう。僕はさっさとつまらない仕事なんてやめてアーリーリタイヤしたいのである。




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2018/05/06

不必要に連まない、何にも依存しない。

 僕は表記のタイトルのような生き方が理想な生き方だと考えている。歳を重ねる度にその思いが強くなるのを自覚している。

ダラダラ連んでいても安全ではない

 学生時代のような狭い社会で生活しているのであれば、コミュニティ、村社会の中で強い力を持っているグループに属せば、少なくとも安全である。立ち回り方さえ間違わなければ。

 例えば田舎の中学校では、腕力で生態ピラミッドが決まるだろう。勢力図の中の上位グループに属すれば、高い確率で安全だろう。自分の属しているコミュニティの輪を乱さなければ。

 しかし中学を卒業したら、そんなものに何の価値もない。なぜなら高校に進学し、付き合う相手、属する社会も変わるからである。同様に高校を卒業した後は、大学進学、専門学校進学、就職と色々別れるだろうけれど、またいずれも環境が変化する。就職した後も、その後転職する事は昨今では珍しくない。

何が言いたいかというと、自分が属する社会、環境は流動的なのだから、誰かと連んでいても安息を得られないという事である。なぜなら上記は連む相手にも当てはまり、相手から我々の元を去っていく事も十分あり得るのである。

誰かと連んでいてもあまり幸福度を上げることに繋がらない

 誰かと連むということは、その誰かのペースに合わせることを意味する。サラリーマンは仕事中、自分のペースで時間を使うのは難しいだろう。そのサラリーマンがプライベートでも誰かに合わせるなんて笑えない冗談である。本当に幸せですか?君はそんなに一人いたら怖いの?と問いてみたい。

何かに依存していては、本当の意味で安定しているとは思えない。

 例えば僕はサラリーマンで、会社に雇われている。言葉を悪くすれば依存していると言えるだろう。僕が明日クビになったら、間違いなく路頭に迷うだろう。残念だけれど。 これを解決するには何が必要だろうか?僕が思う解決策は、最悪クビになっても一定期間生活ができるだけの蓄えといざとなったら自分自身で稼ぐ為に必要なスキルを身につけることである。これらが有れば、むしろ自分から会社を辞めることも可能だろう。またスキルがあれば再就職もしやすいだろう。無いよりは。

 また、会社は僕たちをそこまで守ってはくれない。会社にとって我々サラリーマンはただの駒の一つである。ちょっとくらい優秀だろうと変えはいくらでもいるのである。多分僕が明日会社を辞めても困るのは数日間くらいで、その後は何事もなかったかのように会社は回るだろう。僕達が会社に与える利益及び会社に与えるプラスの影響<僕達を雇っていることでかかる費用(この費用は給料だけではなく、マイナスの影響も含む)の状況になれば、あっさり首を切られるだろう。

 結局は誰かと過度に連んでいても安息を得ることはできないし、何かに依存しすぎても立ち位置は安定はしないのである。この変化の時代だからこそ自分だけで生きていく術を身に着ける必要があるのかもしれない。



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