2018/06/24

目標はサラリーマンをなるべく早く卒業すること

会社の飲み会に行くと毎度違った意味で奮い立たされる

 先日会社の飲み会に参加した。僕の中では9割は時間の無駄だ。金はかかるし、飲み会中の話題は仕事の愚痴、誰かの悪口、人事などの噂話に終始し、挙げ句の果てに説教されたりもする。金を出してなんでこんなくだらない事をしているのだろうと毎回思ってしまうのである。

 一方で1割はメリットがある。それは早くこんなくだらない世界を卒業したいと自分を奮い立たせることができることである。


オジサンはいつも好き勝手な事を言う

 僕は歳を取ってもあーはなりたくないと思う。飲み会中の目の前のオッサン達は、若い頃の苦労話を得意げに話し、お前達も頑張れと部下に言う。プライベートの話になると早く結婚しろ!と勝手な事をほざいている。そして酔いが回ると(会計の時間が近づくと)妻からの小遣いが少ないと愚痴り始める始末である。はっきり言ってすべてにおいて聞くだけ無駄である。

 そもそも今の時代、わからないことはほとんどGoogleで調べることができる。生きてきた期間の長さによる、知識量の差は過去のそれに比べたら限りなく減っているのではないだろうか?少なくとも僕にはそう思えてならない。歳を取るとそれがわからなくなるんだろうか?

 また、頑張れと言うけれど、仮にサラリーマンとして頑張ったとして、将来の自分の姿は今目の前にいるオッサンと同じような姿だろう?角がなくなり、自分では何も考えられなくなり、会社に管理されないと生きていけず、家に帰っても妻に財布を握られ管理されて生きるオッサン。そんなモノに僕は成り下がりたくないのである。僕は結婚しても妻に管理されるような生き方は御免である。

サラリーマン=現代の小間使い

 ところで、サラリーマンはどんなに出世してもずっと小間使いである。仕事ができる、できないはあっても、それは不変の事実である。もっとも仕事ができる、できないも「与えられた」仕事をいかに効率的に処理するかでサラリーマンは評価されるのであるが。

 また、サラリーマンは安定していると言われるけれど、本当だろうか?提供できるのは自分の労働力のみだ。その労働力も原則その会社のみで使える技能である。

 社会情勢や会社の方針が変われば、業務で身に着けた技能は無駄になる可能性がある。業務に必要ない技能は会社にとって当然不要なので、突然クビにされる可能性だって0ではないのである。

 法的にそんなことは無理?少子高齢化の日本で将来不要な社員を飼い続ける企業が果たしてどれくらいあるでしょうか?余裕のある大企業でもなかったら、無理でしょう?

 サラリーマンはどんなに出世しても小間使いである。小間使いをやり続けた後に待っている姿は、常に誰かに管理されなければ生きることができない情けないオジサンである。また、サラリーマンは必ずしも安定しているわけではない。

 それならば、サラリーマンをやる意味は?僕は、会社勤めは誰か、何かに依存しないで生きていく為の種銭を作る手段として捉えている。長くやり過ぎると、自分も情けないオジサンに成り下がってしまうので、なるべく早く卒業したいものである。



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