2017/09/17

過剰な期待はしない

性善説より性悪説

 誰かに過度に期待したり、求めたりすると、自分の期待に応えてくれない時にすごく傷つく。しかしながら、傷つくのは期待しすぎた、又は求めすぎた自分が悪いのであって相手は何も悪くないのである。相手があなたを騙そうとしたとかは別としてね。

 たまに、○○が私を裏切ったとか被害者面して、怒っている人を見かける。そういう人は飲み屋だと更に酔って泣いてるかな?相手に悪意がないのならば、騙された方には過失ないのか?と僕は思ってしまう。相手からしたら「は?何勘違いしているの?」ってのが率直な感想だろう。

 ところで僕は性悪説の精神で生きたほうが、ストレスが溜らないと考えている。みんな自分が最優先で、他人は二の次に考えているくらいに認識しておいた方が、変な期待をせずに済む。ほとんどの人は、自分の利益より誰かの利益を優先するなんて事できないんじゃないだろうか?勿論僕もそうである。

 上記は恋愛に関しても重要な考え方である。職場とかで誰かにちょっと優しくされたくらいで、相手が自分に好意を寄せていると勝手に勘違いする人を見かける。とんだ勘違い野郎だ。相手はあなたに優しくすることで、今後の職場での人間関係を良好に保ちたいから、若しくは貸しを作っておきたいから、つまりは自分の利益の為にあなたに優しくしただけである。

 もし、人間関係でストレスを感じるのならば、この性悪説の考え方を採用されてはいかがだろうか?確かに文章にすると冷めきった考え方だと改めて思うけれど少なくともストレスはかなり軽減されるはずである。





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want_talent at 00:00|PermalinkComments(0)人間関係